あけましておめでとうございますぅ! [ひとりごと]
2012年が始まって、もう十日もたってしまいました。
ひとつ前の記事を見てみると、「あらっ?」 同じタイトル![]()
あらあら、前に記事を書いてから一年も経ってしまったのね~![]()
反省・・・![]()
ところで、昨年は、いろいろな事があった年でしたね・・・。
私自身も、東日本大震災の起こる前日に高熱を出してしまい、
その時から腎臓の具合が悪くなってしまいました。
この時の検査で、右の腎臓の中にのう胞が見つかり、その中に
石灰化した塊があって、そのために感染症になりやすく、何度も
何度も9度近い熱が出て、本当に大変でした・・・
。
のう胞自体は、珍しくないそうです。
腎臓に限らず、あちこちに出来るみたいですね。
のう胞があっても、本人も知らずに一生を終える方もいるそうです。
石灰化の塊があるのもそんなに珍しいものではないようです。ただ、
何度も熱を繰り返すことが相当珍しいみたい。
何回もCTを撮って検査した結果、のう胞の中に膿がたまる腎膿瘍
ではないかという事で、のう胞の中に溜まっている膿を抜く穿刺手術
というのを受けました。なんと150CC以上の膿を抜いたそうです。
術後、右半身がすごく楽になった感じがしました。
その後は熱を出すこともなくなって、なんとか元気に過ごしている
今日この頃です。
年を取ると、いろいろありますね~![]()
でも、めげずに、頑張るのだ ![]()
今年は、筋トレに励むぞぉ~![]()
そんな訳で、ちょっと弱ってしまった、こころんですが、
今年もよろしくお願いいたします。 ![]()
あけましておめでとうございますぅ!! [家族の時間]
2011年が始まりましたねぇ~!
みなさま、良いお正月をお過ごしでしょうか?
我家には、年末からわたしの弟が遊びに来ていて、昨日までうちでのんびりと過ごして行きました。
弟は、今は中国に住んでいて、日本でお正月を過ごすのは、かなり久し振りとのこと・・・。
姉ちゃんとしては、日本のお正月を満喫してもらえるように心がけたのだv(^0^)v
大晦日には、小学三年生の息子も頑張って起きていて、みんなで一緒に カウントダウン!!
「あけましておめでとうぉぉぉ~!!!」の挨拶の十分後位には、息子は、バタンキューと
寝てしまったけど ^^
「さて、元旦には、どこに初詣に行こうかなぁ~!」
色々と迷ったけど、今、話題の東京スカイツリーも見れるし、初詣は、浅草の浅草寺に行く事に
した。日本のお正月も満喫できるし、バッチリと張り切って行ったんだけど、浅草寺前は、人で人で
ごった返してた ![]()
自由に中に入れず、警官に規制されていて、大行列状態・・・。
しばらく並んでみたけど、「こりゃ、いつお参りできるかわからん」ということで、列からはずれて、
裏道を抜けてみることにした。
スルスルと裏道を通って、情緒あるお店を眺めつつ歩いていると、丁度先頭の場所に出た。
ロープが張ってるから、中には入れないんだけど、そこからとりあえずパンパンとお参りが
できました~。
息子のゆうちゃんが「おみくじ、おみくじ!!」と騒ぐので、列に並んで待つこと5分くらい。
「いやぁ、わくわくするよねぇ~!」
夫は、仕事で初詣には来れなかったから、わたしとゆうちゃんと弟の3人でおみくじを
引いた。
まずは、ゆうちゃん。
ガラガラガラと振ったら、第七十八
引き出しを開けて、中からおみくじを出すと
「やったぁ~!!大吉だぁ~
」
「わぁ~すごいねぇ~!」
次は、わたし・・・。
ガラガラガラ
「やったぁ~、大吉!!!」
「すごぉ~い
二人続けて大吉だぁ~!!」
いよいよ弟が・・・
ガラガラガラ
「ええぇぇぇっ・・・
」
「なになに?」
「きっ・・・凶だ・・・
」
「うそぉ~
」
さっきまで元気だった弟は、急にテンションが![]()
「えぇ~、どれどれなんて書いてあるの?」
否極方無泰 八方が塞がり、通じる道が無いことでしょう。
花開値晩秋 花は開くが、晩秋のような冷たい風にあたり、たちまち枯れてしまうでしょう。
人情不調備 お互いが自己主張するため、人情心も揃わず、苦情が絶えないことでしょう。
財賓鬼來偸 貯えて来た宝や財宝も鬼が現れて盗み、財産がおいおい減って行き、ついに
貧乏となってしまうでしょう。
「ひょぇ~」
「あっ、こっちにもなんか書いてる!」
願望 : 叶いにくいでしょう。
病気 : 危ういでしょう。
失物 : 出にくいでしょう。
待ち人 : 現れないでしょう。
新築・引越し : 悪いでしょう。
旅行 : 良くないでしょう。
結婚・付き合い : 全て悪い結果を生むでしょう。
シーン・・・。
「なんじゃこりゃあぁぁ~っ、何の希望もないんかぁ~い
」(弟)
「もうちょっと優しい言葉で書けんのかぁ~っ
」
とは思いつつ、弟には悪いんだけど、こころん親子は、大爆笑してしまったのでした
この後、弟は、出店で、福をかき集めるというホウキの飾り物を買って帰りました![]()
P.S 良く見ると、おみくじの下の方には、「凶が出た人も畏(おそれ)ることなく、
辛抱強さをもって誠実に過ごすことで、吉に転じます。」と書いてあった。
ユダヤ教徒になった友達 [日記・雑感]
イスラエルの男性と結婚して、向こうに住んでいる友達が、用事があって帰国するというので、4~5年ぶり位に、会ってきました~ ![]()
この友達と初めて会ったのは、インドのダラムシャーラー。その地で、わたしが30歳の誕生日を迎えた時、一緒に過ごしてくれた大切な友達なのだ。あの時はお互いに若かったけど、二人ともすでに40歳台に突入している・・・。
年は取っちゃったけど、気持はあの時と全然変わらない・・・つもり ![]()
彼女が、和食がいいというので、久し振りの二人のランチは、お蕎麦屋で・・・
ズルズルとすすりながら、話はとっても盛り上がったのだ!
彼女は、タイで今のご主人と知り合い、恋をして
結婚を考えたんだけど、彼はイスラエル人で、ユダヤ教徒だったので、結婚するには、彼女もユダヤ教徒にならないといけなかったらしい。ユダヤ教徒同士じゃないと結婚できないんだって。
彼女は、一生懸命にユダヤ教を勉強して、現地で試験を受けて、見事合格!
晴れてユダヤ教徒となり、彼と結婚して、イスラエルに家を建てて暮らしているのだ。今は、女の子二人の母親でもある。
イスラエルの言語は、ヘブライ語なんだって!どんな言葉なのか全く想像もつかない・・・。
子供たちは、当然の事ながら、ヘブライ語ペラペラで、彼女の話す簡単な日本語なら理解できるみたい。スゴイねぇ~!でも、海外で暮らすのは、色々と苦労も多いみたいね。
で、彼女が、イスラエルのチョコをお土産に買ってきてくれたの!
裏側
これが、ヘブライ文字かしら・・・?
何が書かれているのか、全くわかりません・・・。
イスラエルのチョコなんて、食べるの初めてで、ちょっとドキドキ!
表紙の写真と同じ中身だ!
イスラエルのチョコっていったいどんな味なんだろう・・・。
なんかクセのある味を想像してたけど、普通のおいしいチョコでした。
3種類位入っていて、とってもおいしかったよ ![]()
あと、死海の塩が入った石鹸を頂きました!
お肌にとってもいいみたい!
スベスベになるかな ![]()
ありがとう、Emiちゃん ![]()
旅のはじまり [チャリダー時代]
今までたくさんの旅人に出会って来たけど、それぞれに色々な事を抱えて、
旅をしている人が多かったな・・・。
そういう私も、24歳の夏、たくさんの想いを抱えて、家を飛び出した一人ですが・・・。
それまでは、普通に会社員として働いていたこころんなのですが、
色んな試練があって、苦しくて、だんだんと人が信じられなくなってしまって・・・。
そんな自分がイヤでイヤで、どうしていいのかわからなくなりました。
わたしは、とってもおしゃべりで、人と出会うことが大好きなんです。
たくさんの人と繋がっていく事が、喜びでもありました。
そんな私が、人の目を見て話すことが出来なくなっちゃったんです・・・。
誰にも内緒で心療内科に通った事もありました。
悩んで悩んで、悩んだ末に、「あぁ・・・、一人で旅に出よう・・・。」と思いました。
旅をして、たくさんの人と出会う中で、元の「人間大好き!」な自分を
取り戻していきたいっていう思いがありました。
当時、自転車で自然の中をサイクリングすることが楽しみで、休みの日には、
一人で、よく遠出をしていました。
自然の中にいると、深く呼吸が出来て、心も体も癒されるようでした。
そんな訳で、自転車が私の旅の手段となりました。
よく通っていた自転車屋のおじさんや、仲良しの友達には、チャリで北海道を回りたいって
いう話をすると、ほぼ全員に「無理、無理」と言われていました。
その中で、たった一人、「行っておいでよ。きっと大丈夫!」と言ってくれた人が
いたんです。わたしの大好きな先輩でした。
その女性は、一人でインドを旅したり、海外を放浪した事がある人なんです。
その言葉に、本当に励まされました。わたしの弟も応援してくれた一人でした。
そして、いよいよ、様々な想いを抱え、昭和63年8月25日(木)の朝5時40分に
自転車の旅は、スタートしたのでした~!
昭和63年ですよ!平成になるちょっと前ですよね~!
なんだか、とてつもなく昔の話みたい?
当時は、24歳。
今は、46歳になっちゃたんだもんねぇ~。
旅の一日目、札幌→浦臼 77km
羅臼鶴沼公園内キャンプ場 バンガロー泊り
これから始まる旅に対する期待と不安で、いっぱいいっぱいだった・・・。
それに、夜からはどしゃぶりにカミナリで、結局、さっぱり眠れなかったって
日記には書いてありました。
ここから、留萌に向かい海岸線に出て、まっすぐに稚内を目指して
ひた走っていく訳です。
わたしの旅のはじまりです。
旅の記事を書いていこっかな ^^ [ひとりごと]
この間、久し振りに太陽が出てボカボカと気持よかったので、
押し入れを全開にして、整理してる途中で、ダンボールにどっさり入ってる
旅日記が出てきた。
「懐かしいィ~!」
何年も旅をして、ものすごく色んな体験をしたのに、どんどん忘れていっちゃうんだね。
写真を見ても、思い出せない場所もある・・・。
なんのための体験だったんだろう・・・。
今の私の人生になんか影響をしているんだろうか・・・。
思わず、考え込んでしまったこころんでした。
それなら、少しずつ日記をひもといて、ブログにアップしていこうかな・・・。
もう随分と昔の話になってしまうけど、自分の人生を振り返ってみながら、
今の私が感じたことなんかを、書いてみよう。
ブログのタイトルも「人生うろうろ」だしね、私のウロウロしてきた人生を一緒に振り返って
下さいね。
私の旅の始まりは、24歳の夏・・・。
続きは、次回に ^^
ゆうちゃん、初めての挫折・・・(ToT) [息子のはなし]
保育園の頃のゆうちゃんは、月の半分は休んでたんだよ~ ![]()
アレルギー持ちだったせいもあって、台風が近づけばセキが酷くなって休み、
季節の変わり目は、熱を出して休み・・・ ![]()
保育料金の半分は返して欲しいっていつも思ってたもんね ![]()
そんなゆうちゃんだったけど、小学校に入学してからは、ビックリする位、
丈夫になった。一年生の時は、クラスでインフルエンザが流行って、ゆうちゃんも
うつっちゃたんだけど、学級閉鎖になったし、欠席扱いには、ならなかったから、
欠席ゼロ。そして、2年生の時も欠席ゼロ!!
すごいでしょ~!!!
「ボク、6年間休まないで頑張る
」
「すごいねぇ~、お母さんは身体が弱くて、学校休んでばっかりだったけど、
ゆうちゃんなら、きっと出来るよ!」
「頑張るぞぉ~
」
3年生になって、一学期も無欠席。
この勢いで、本当に6年間いけるんじゃないかって思った。
先週水曜日、学校から帰っていつもの様に、友達と遊びに出かけた。
帰ってきてから、「頭がいた~い!」
急に、熱が上がってきた。37度を越え、38度近く・・・。
「まずい、まずい
」
とにかく、冷えピタを脇の下にはって、水枕もして寝かせた。
食欲もあるし、いまの所元気もあるから大丈夫かもしれない・・・。
翌朝、37度近い・・・。
「どうしようかな・・・。」
「絶対に休まないよ。ぼく絶対に行くから!」
お父さんも、「昔は、コレくらいなら行ったよ、大丈夫だよ!」
迷いに迷った・・・。
実は、この翌日は、学校の校外遠足だったの。
バスに1時間位揺られての遠足。
今日は、無理をしない方がいいんじゃないだろうか・・・。
「ヤダ、絶対に休まない!」
親としても、やっぱり応援してあげたい。
じゃ、病院に行ってから遅刻して学校に行こうか・・・。でも、そうなると、わたしも会社を
休まないといけない・・・。散々迷ったけど、元気一杯だったから、とにかく行かせる事にした。
「二時間目は体育だから、その時間は、保健室で寝かせてもらいなよ。少しでも熱が上がって
きたら、お母さんに電話してね。会社早退して迎えに行くから。」
「わかった!」
ゆうちゃんは、ニッコニコで学校に行きました。
その後わたしも仕事に行ったけど、気になっちゃって仕事どころじゃなかったよ~!
10時もすぎ11時になっても電話来ないから、これは大丈夫かもしれないって思った矢先、
ケータイに学校から連絡が入った。
「熱が上がって来たので、迎えに来てください・・・。」
「あぁ・・・。」
上司には、あらかじめ言っておいたので、仕事を済まして早退させてもらった。
学校に飛んでいったら、元気そうなゆうちゃんが・・・。
「え~っ、もうちょっと頑張れたんじゃないの?」とか思いながら、そのまま病院へ ![]()
普通の風邪のようで、咳止めや解熱剤をもらって帰った。
もし、夕方には熱が下がって、そのまま熱が上がらなかったら、遠足に行かせてあげようって
思った。
ところが、熱が上がってきた。昨日は38度は越さなかったのに、どんどん上がって39度・・・。
「どうしよう・・・。」
先生も心配して電話をくれた。
「明日どうするかは、まだ決めてないです。行かせてあげたいけど、途中で具合が
悪くなっても帰れないですしね・・・。今晩、様子を見て決めます。」
先生も、ゆうちゃんが6年間無欠席を目指しているのを知ってるから、すごく心配して
くれたんだよ。いい先生だね、ゆうちゃん。
翌朝、
37度6分・・・。
「ゆうちゃん、残念だけど、遠足は行けないよ。」
「いやだ、いやだ~!行くぅ~!行くぅ!」
「この熱じゃ行けないよ。」
「やだ。やだよぉ~!」
「ぼくは、行くんだから!」
「ゆうちゃん、無理だよ・・・。」
「何でだよぉ~、何でだよぉ~、6年間休まないって決めたのに、何でだよぉ。」
「いやだよぉ~、いやだよぉ~!」
ゆうちゃんの悲痛な叫び声が家中に響き渡った・・・。
床をたたきながら、ゆうちゃんは大声で泣いた・・・。
「ごめんね、ゆうちゃん・・・。」
あの時、先に病院に行ってから、学校に行った方が良かったんじゃ
ないだろうか・・・。最近セキが出てたから、早めに病院に連れて行って
あげれば良かった・・・。あの時・・・、あの時・・・。
泣いて泣いて、「ボクは、もうダメだ・・・。」とゆうちゃんが言った。
「ゆうちゃん、それは違うよ。これで今までの頑張りがなくなる訳じゃないんだよ。」
「でも、もう6年間欠席ゼロは、出来ないんでしょ?」
「そうだね。とっても残念だけど、それはもう出来ないね。」
「悔しい・・・。」
「悔しいね、お母さんもゆうちゃんの目標を達成させてあげたいって思ってたから、
悔しいし、本当に残念なんだよ・・・。」
今まで、向こうを向いたまま泣いてたゆうちゃんが、抱きついてきた。
わたしも泣けてきちゃった・・・。
親として、何か元気づけてあげられるような言葉を言ってあげたいって思いながら、
なんにも言ってあげられなかったな・・・。
泣き叫ぶゆうちゃんを、ただただギュっと抱きしめてあげる事位しか出来なかった。
でもね、だんだんゆうちゃんは、元気になってきた。
なんだかわからないけど、すごく元気になって、 お昼頃には、熱もすっかり下がっちゃった。
夕方になって、「ぼくね、次の目標を決めたんだ!聞きたい?」
「えぇ~!?すごいねぇ~、聞かせて、聞かせて!!!」
「あのね、ぼくの次の目標はね・・・。」
「うん、うん
」
「マイケル・ジャクソンみたいに、上手にムーンウォークが出来るようになること!!!」
「えっ?!」
「少しは出来るんだよ。ホラ、見て見て!」
「ぼくね、頑張るから!」
なんだか、前の目標とは、若干、系統が違う様だけど、まっ、いいかぁ~!
お母さん、応援するからね!!
ムーンウォークか・・・。
脳トレ、脳トレ! [ひとりごと]
今年の5月から、事務員の仕事をしている、こころんです。
実は、事務の仕事はまったくの始めてなのだ ![]()
若い頃は、主にワープロの入力やインストラクタの仕事をしてたし、
それからは、旅をしながら各地で様々なアルバイト。
建築現場で、ドカチンだってやったし、石垣島の造船所では、船の底に
防水加工を施すバイトもやったことあります。イエ~イ ![]()
バイト評論家が出来るんじゃないかって思うくらい、相当色々なバイトをやって
きましたが、一番キツかったのは、沖縄の食肉工場での仕事です。
豚肉の塊をミンチにするとか、塊を薄切りにするとかは、まだ大丈夫だったけど、
その私の目の前に、ドッカ~ンと茹で上げられた牛タン、そう、牛の50cm程もある
舌ベロが、リアルな形のままで置かれた時には、思わず「オエ~ッ、オエ~ッ」って・・・。
なみだ目で、リアルベロをスライサーに・・・。
私の人生の中で、始めて一日で辞めた仕事でした・・・。
それから牛タンを見ると、その時の光景が生々しく思いだされ、
全く、食べられなくなった、こころんなのです。
ベロ~ン・・・。あっ、また思いだしちゃった ![]()
そして今は、人生初の事務のお仕事をやってる訳です。
この、食肉工場を思うとだいぶ楽そうでしょ?
ところが、私の上司は、超短気な下町生まれのべらんめぃ口調のおばさん所長です。
かなり手ごわい相手です。重箱のスミをつついてくる感じですね~!
年と共に物覚えもすっかり悪くなっちゃって、所長に教えてもらいながら、
一生懸命メモを取って聴いていますが、翌日になったら、さっぱり憶えてない・・・。
メモを見てやっと思い出す始末・・・。
こんな調子だから、べらんめぃ所長に、毎日しぼられています。
いつまでも、言われっぱなしでは、悔しいから、脳トレに励んで、
仕事をバッリチこなせる様にがんばるのだ!
前に新聞で、
この本がものすごく売れてるって紹介されてるのを見て、
まだ、全部は読んでないんだけど、一つ一つの言葉に、「へぇ~!」「ほぉ~!」
「そうかぁ~!」と目からうろこが落ちる思いで読んでます。
仕事に対する思い方、考え方が変わってきますよね。
これからは、こういう気持で仕事に取り組んでいきたいってマジ思いました。
自分の心の受け止め方によって、現実は変わっていくものですもね~。
よぉ~し、がんばるぞぉ~![]()
パソコンもこなす、62歳のべらんめぇ所長に、負けてはいられません ![]()
サドゥの神通力 [インドのはなし]
昨日なにげなくテレビを見ていたら、インドの風景が映し出された。
世界7大ミステリーという番組の中だった。
クンブメーラという12年に一度のお祭りの風景・・・。
裸に灰をぬったサドゥー達の姿・・・。
「あぁ~、懐かし~い」
12~13年程前、わたしもあの群集の中にいたんだなぁ~。
サドゥーって怪しい人たちが多いんだけど、中には、修行をして
宇宙観・世界観を持って、直感に生きているスゴイ方々も確かにいる。
昨日のテレビで紹介されていた、ハルドワールという村の隣に
リシュケシュというヨガの聖地と呼ばれる村があるんです。
この村でわたしは、インド人のヨギーからヨガを習ってました。
過去記事: 「リシュケシュでのヨガの修行の話」
http://cocoron2101.blog.so-net.ne.jp/2007-01-16
そのヨギーがある時、アシュラム(ヨガ道場)の私の部屋の前まできて、
「お前に、これをやろう」と、親指大位の大きさのシバリンガをくれたんです。
シバリンガって、ヒンドゥ教の神様の一人、シバ神の、男性の象徴を表すもので、
神聖なる男性的な創造、それと同時に女性的な智恵のエネルギーを示すと
され、寺院では「御神体」とされているものなんです。
このお方が、シバ神です。
このシバリンガをくれた翌日に、なんとヨガの先生はアシュラムから失踪して
しまいました。![]()
ヨギーとは言っても、サドゥと変わらないから、イヤなっちゃうと、フラっと旅に出てしま
うらしいんですよ。どうも、このアシュラムのオーナーとお金のことでもめたとか・・・![]()
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ヨギーも意外に現実的なんだなぁ~ ![]()
私は、このヨギーのキャラクターが好きだったから、他の先生から習おうという気にならなくて、
一週間位してから、私もリシュケシュを出て、バラナシに向かうことにしました。
頂いたシバリンガをお守りのように、小さな袋に入れて首にかけていました。
それから、不思議な事が起こり出したんですよ~![]()
バラナシに行くために、電車に乗ったり、駅構内をウロウロしたりしていると、
遠くの方にいたサドゥでも、ものすごく親しげに近寄ってきて、「ハリオーム」と、私に
声を掛けるんです。 それが、一人や二人じゃないんですよ。
持っている杖で、わたしの首にかけている袋を指し示し、ニッコリ笑って挨拶するサドゥも
いました。
どうも彼らには、袋の中身が見えているみたいなんですよね。
「お前もシバを信仰する者なら、われわれは同志だ!」みたいな感じなんでしょうか。
とにかく、しばらくの間、やけに私の周りにはサドゥが寄ってきて、妙に楽しい日々だった
ように憶えています。
間違いなく、彼らには、袋の中身が見えていたんだと思います。
追伸: この時もらった、シバリンガは、今でも大切に持っているんですよ。
またいつかインドに行く時があったら、必ず持っていこう!
サドゥは、また親しげに寄って来てくれるかしら?








ぐっすり。。。



