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バイク屋の社長 バートⅡ [ライダー時代]

この間、バイク屋の社長との思い出を書いたら、なんとも懐かしくその当時の事を色々と思い出しました。まるで、美談のように書いてしまったけど、その後この社長のバイク屋はつぶれてしまった・・・。なんだかちょっと心苦しい感じ・・・。

この社長との出会いは、私が24~25歳の頃。

私は、24歳で東京に出てきて、バイクで日本を廻ろうと夢を持ち、高円寺の四畳半一間風呂なしトイレ共同の安アパートに住み始めました。そこは、長屋風の作りで一つの建物の中に扉がたくさん並んでいるという感じ。一号室という私の部屋の前には公衆電話が一台置いてあったので、まるで自分の電話のように使えて、とても便利でした。近くにコインシャワーもあったし、銭湯もあったし、高円寺という所は、貧乏人にとても優しい便利な街でした。

荷物を何も置いてなかったので、広々としてたけど、部屋の真ん中にボールを置くと何故かコロコロと転がった・・・。

まっまぁ・・・、気にする程ではない・・・。

旅人の友人が泊まりに来た時「公園ではったテントの中のより、この部屋は寒いわ。」と震えながら言った。(^-^;)

きっ気にしない・・・。

私にとっては、始めての一人暮らしだったから、けっこう楽しかったな・・・多分・・・。でも、バイクの旅という夢を実現するため、生活は切り詰めて、バイト代はすべて旅の為につぎ込みました。

まず、バイクで日本一周とは言っても、実は免許を持っていませんでした。なにもかもゼロからのスタート。バイトで貯めたお金で、自動二輪の中型免許を取りにいきました。その後いよいよバイクを買う事になった時に、教習所の先生に紹介されていったバイク屋が、この社長のやっているバイク屋さんでした。

とってもきさくな社長で、特に用事がなくてもおしゃべりしに通ってました。そのうちに何が気に入ったのか、「うちでバイトしない?」と言ってくれて、お客様とのおしゃべり役?!として雇ってもらう事になりました。

そこで工具もそろえて、修理の仕方も教わって、たくさんのライダー達とも知り合いました。いつも色々な相談にのってくれる社長だったので、社長を慕うたくさんの若者がいつもバイク屋に集っていました。

あぁ~、本当に懐かしいなぁ・・・。

あの頃のみんなはどうしているんだろう。

東京には一年半程住んで、お金を貯めて荷物を友達の所に預けて、アパートを引き払い(家賃を払うのがもったいない為)住民票を外して、いざ、日本一周に出発。
格好良さそうだけど、これでなんか事故にでもあったら、新聞には「住所不定無職の・・・」という事に。( ̄- ̄)

旅のはじまりも旅の途中も、そして終わった後も、この社長とはつながりが続いている。

人生には、「この人と出会わなかったら、今の自分はない。」と思える出会いがいくつあるだろうか・・・。

このバイクの旅は、いったい自分にとってどんな意味があったのかな・・・。人生の中で出あう「もの・こと・ひと」。きっと意味の無い事はなに一つないのだと思う。だけど、その時々の出会いは、日々と共にどんどん忘れ去ってしまう。例え、苦しい出会いであっても、嫌な出来事との出会いであっても、きっとそこには意味があるんだろうな・・・。

今は、まだ(もう?)42歳。記憶のそこに沈んでいる出来事を思い出して振り返ってみたら、なにかこれからの人生につながって、見えて来る事があるかもしれない・・・。

最後に、この社長は、バイク屋を閉じた後、色々な仕事をされていたけど、今は大好きな車やバイクの修理屋さんをしています。

大切な大切な思い出のひとつ・・・。

 

 

 


バイク屋の社長 [ライダー時代]

私は若かりし頃、テントやらナベ・カマを積んで、颯爽とバイクにまたがり、北海道から沖縄までウロウロと旅をした事があります。
バイクに乗る事が本当にスキでした。

たくさんの荷物を積んで、四国を回っていたときに、特注で付けていたキャリアが荷物の重みに耐えられずに壊れてしまいました。

「どうしよう・・・。

走っていると、荷物がだんだんとずり落ちて、何度も止まっては積み直しをしなくてはいけませんでした。

「そうだ、キャリアをつけてくれたバイク屋の社長に相談しよう!」と思い立ち、キャリアと荷物をぐるぐる巻きにバイクにくくり付けて、その当時お世話になっていた、東京のバイク屋さんまでなんとか無事に辿り着く事ができました。

「キャリアは新しいのを付け直して、あと、チェーンももっと丈夫なのにした方がいいなぁ~」どんどん注文をして付け替えてくれました。

「これは、けっこう値段がかかるかもしれない・・・」

貧乏旅行の途中の大きな出費はかなり痛い・・・。
でも、社長が一生懸命やってくれているのに、安いのに替えてくれとは言いずらい・・・。

何日かして全ての修理が終わり、バイクが引き渡された。

「おいくらですか?」

「お金はいいよ。」

「えっ?!」

「あのな、を持つ人間はたくさんいるんだよ。でも、そのを実現させる人間は少ないもんだよ。お前のを応援したいから。」

胸が熱くなりました・・・。
社長は最初からそのつもりで、どんどん新しい部品に取り替えてくれていたんだ・・・。

社長の温かい心に支えられ、その後キャリアは壊れる事なく、女ひとり日本一周バイク旅行のを果たす事ができたのでした。

P.S 実際には、日本二周半となりました。その旅の間に温かな出会い、変わった方々との出会い・・・たくさんの出会いがありました。その話はまた今度・・・。

 


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